なぜコミュニティ活動をするのか
なぜ自分がコミュニティ活動をしているのか、一緒にカンファレンスやミートアップをしている周りの方々には部分的に伝えてきたんですが、あまり表向きに言語化してきてこなかったのでここに書き留めます。
併せて、技術コミュニティについて考えていることや、今後の身の振り方についても書きます。
憧れ
僕がまだ学生でエンジニアとしても駆け出しだった頃に、憧れていたエンジニアの方々がコミュニティを主催しており、これを目指したいなと思ったのが理由の一つです。
知り合いと共に初めてng-kyotoに参加した際に主催されていた奥野さん、思い切って1人で参加してみたKyoto.jsを主催されていたamagiさんなど、地元の京都で活動されていた方々にかなり影響を受けました。
フロントエンドのフレームワークやWebGLに入門しつつ、お二人のようにいつかコミュニティを主催やそこで発表ができたらいいなと思っていました。
還元
正直なところ、学生の頃にコミュニティに参加していなければ、僕はこうしてソフトウェアエンジニアにはなれていなかったと思っています。
当時は今のように精度の高いLLMなどは存在せず、各々が調べたりDocsを読んだりして、自分なりに噛み砕いて問題解決するような開発のスタイルが一般的だったと思います。
僕の当時の開発のスタイルは、発生したエラーをブラウザにコピペし、ナレッジ共有サイトのコードを写経し、玉石混交のWebから求めている情報を引き当てるまで、ひたすらくじ引きを引き続けるようなものでした。
「あっているのかこれ」「よくわからんけどコピペで動いたからいいや」「ドキュメント英語で読むのめんどい、意味もわからん」
こんな心情で、あまりエンジニアリングに面白さを見出せなくなっていたのを今でも覚えています。
そんなときに、前述のようなコミュニティに参加したことで、仕様の深掘り、自作ソフトで何かを解決する話、何に役立つのかもわからない技術の話、ウケに振り切った面白い発表、全然時間が足りなくて途中ぶった切られるLT、資料の誤りに気づいた方からの恐ろしいマサカリ、こういった技術コミュニティの文化や仕草が面白く、コミュニティというものにのめり込んでいきました。
そうしたコミュニティで身につけた技術、繋がった方々のお陰で元気よく今でもソフトウェアエンジニアとしてご飯を食べられています。
学生の方々や駆け出しの方々、みんながみんな僕のようになれ!とは微塵も思っていません。
ただ、こうしてコミュニティから無償で受けてきたものを自分も還元して次の世代に繋げたい。そういった思いで、フロカンや駅前.jsをはじめとするコミュニティの立ち上げや運営の引き継ぎをやってきました。
また、「自分は学生の頃に憧れたあのエンジニアたちのようになれているのだろうか?」と、主催イベントが終わった後や、イベントのアンケートにいただいたフィードバックを読みながら日々自問自答しています。
今の技術コミュニティ周辺に対して考えていること
AIのおかげで文章やプロポーザル、登壇資料を書く手間は格段に減りました。
登壇や執筆というエンジニアにとっての、いわゆる「実績」を手に入れやすくなった反面、従来のような純粋にコミュニティに関わることを楽しみつつ何かを提供する、何かを持ち帰るという文化が若干忘れられているような気もしています。
これが絶対的な悪とも思っていません。良い仕事をするには良い実績が必要なのも事実です。しかし、コミュニティの中で何かを成し遂げなければならないという気持ちに駆られて、何を伝えたいのかを見失ってしまうことはあまりにも惜しいと思っています。
何かを発信したいという気持ちに駆られているのは素晴らしいことです。
まずは小さく地域のコミュニティで登壇してみる、周りから意見をもらい議論する、そうして自信がついてきたら、自分は周囲に何を伝えたいのかがはっきりしてきたら、より大きなコミュニティにステップアップするのが良いと考えています。僕はそういった環境をまだ十分には提供できていませんし、まだまだ精進が必要と思っています。
また、コミュニティ自体も無理に何かを学ばなければならない!何かの目標を達成しなければいけない!と思って参加するものでもないと思っています。
参加してみた結果、何もわからないけど、知り合い増えたしおしゃべりもできてなんか楽しかった〜みたいな結果でも良いと思っています。
さいごに
自身の初心を忘れないようにするための書き留めのような内容と、最近思っていることを書きました。
僕としての技術コミュニティへの還元には、終わりがないものだと思っていますが、ある程度関わっているフロカンや駅前.jsなどが軌道に乗ったら、主催という立場は降りて、フロカンのための法人の維持やカンファレンスの作り込みや運営のための助言、コミュニティの会計処理の代行などで、カンファレンスが持続可能な形になるための裏方に徹そうと思っています。
別に主催が嫌になったとかでもなく、こういうポジションに居座り続けず、次の世代にどんどん渡していかねば、いつか文化は途絶えてしまうと考えているためです。
引き続きみなさまにはお世話になります。